大阪歴史博物館 なにわ歴史塾ブログ
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栄原永遠男『聖武天皇と紫香楽宮』(敬文舎)

本書は、この4月に当館の館長に就任された栄原先生の最新作です。


聖武天皇と紫香楽宮 (日本歴史 私の最新講義)聖武天皇と紫香楽宮 (日本歴史 私の最新講義)
(2014/03)
栄原 永遠男

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聖武天皇は、天平12年から17年にかけて、平城京を振り出しに、恭仁宮、紫香楽宮、そして難波宮と移動してまわり、最後にまた平城京に戻りました。これまで「彷徨」と表現されることが多かったこの行動が、聖武天皇によって時には周到に準備・計画されたものであったことを明らかにしたのが本書です。

門外漢でも読み通せるようにいろいろと工夫がなされています。遅読の私でも一気に読むことができたので、それは成功しているように思います。謎を解き明かした時の著者の喜び・感動、壁にぶち当たったときに抱くなんともいえない思いなどが率直に吐露され、読者はそれに共感しながら、次第に叙述に引き込まれていきます。著者の喜び(古代史研究の醍醐味)が、知らず知らずのうちに読者の喜び(読書の喜び)に転換する装置が仕込まれている、そんな本です。

聖武天皇の大行幸や紫香楽宮について、現在どこまでわかってどこからわからないのか、問題の全体像・輪郭が示されています。SB13230とかSD6117といった考古学の調査報告書によく出てくる記号や番号の意味についての解説もあります。木簡に書かれている文字を判読したもの(釈文)を書き記す場合の約束ごとや、正倉院文書をあつかう際の約束事についての説明もあります。一般書でありながら、専門書でもあり、また初学者の入門書としても読めるという本なのです。

天平16年2月26日、難波宮を「皇都」とする勅が出されます。当館の10階展示場でも難波宮でこの勅を宣する儀礼が行われたと想定して、その様子を3面の大形スクリーンで放映しています。しかしこの時、かんじんの聖武天皇は難波宮にいなかったのです。本書冒頭で聖武天皇の行動が年表にまとめられています。これをみると、この二日前に聖武天皇は難波宮を「抜けだして」、紫香楽宮に行幸していたことがわかります。天皇が不在の宮が「皇都」と宣言されるという「奇妙」な出来事が起きているわけです。

しかも、この勅は元正太政天皇が出したとみる意見があり、著者もその意見に賛成しています。聖武天皇が出したとばかり思っていた私はびっくりです! そして、この勅が出たからといって「首都難波宮-副都恭仁宮となったかというと、私は、この考えは機械的すぎると思う」(302頁)というちょっと刺激的な一文もあります。

それでは、聖武天皇にとって難波宮とはどういう位置づけだったのでしょうか? 著者の考えは終章で簡単にまとめられています。より詳しくは6月29日の著者による講演会「聖武天皇と難波宮」で聞けるのではないかと期待しています。参加される方はぜひ一読をおすすめします。

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